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3月2日(僕の生きる世界)

 

僕がまだ小さかった頃からお世話になっていたスーパー「三和」が閉店する。

 

そんな話を聞いた僕はすぐにスーパーに向かった。

 

なんていうか、つらかった。

この町でずっと共に生きてきた三和は僕の家族のようなもので、肉親の死に立ち会うような空恐ろしさを覚えた。

 

今までずっとお世話になってきたスーパーはすっかり棚が片付けられていて、

閉店セールなるものを開催していた。

 

 

さびれた棚からティラミスを持ち上げる。僕が大好きだった三和のティラミス。

 

「学校帰りに買って、家でじっくりと味わったティラミスともこれでお別れか……」

 

僕はティラミスの蓋をあけ、指でゆっくりとティラミスをすくって口に含んだ。

 

慌てて店員が僕の肩を掴む。

 

「ちょっと、何やってるんですか!!」

 

振り返った僕の顔は恐らく相当醜かっただろう。

僕は涙をボロボロと流し、口を半開きに開き、首を斜め45度に傾けながら店員を見つめた。

 

「うう。ごの店、本当にづぶれぢゃうんでずが??」

 

僕のあまりの迫力に押されたのか、店員は少しひきぎみで答えた。

 

「つ、潰れますよ。その商品、ちゃんと買ってくださいね……」

 

僕はそのままがっくりと膝をつき、店員にすがりつきながら大声で叫ぶ。

 

「づぶざないで!! づぶざないで!!!!」

 

「や、やめてください!!」

 

店員は慌てて僕の腕を振り払う。ズボンには僕の鼻水がちまっと残っていた。

 

僕は地面にへばりつきながら大声で叫ぶ。

「がんばっでよ! ぎょうりょぐずるがら!! まいにぢ買い物にぐるがら!」

 

必死だった。潰したくない。僕はいつまでも三和と一緒に生きて行くんだ。

そう願って起こした行動だった。

 

店員はいたたまれない気持ちになったのか、僕の顔を見ないように背を向けている。

 

「て、店長に言ってくださいよ。僕はただのバイトですから。失礼します」

 

「待ってよ! 長崎君!!」

 

僕に名前を呼ばれた店員の長崎君は驚いた表情でこっちを振り返った。

 

「……なんで、僕の名前を?」

 

「知ってるよ。というか三和の店員の名前はひとり残らず頭に入っている」

 

僕は俯いたまま話す。長崎君が小さく「キモッ」と呟くのが聞こえた。

僕は長崎君をキッと睨みつけ、「曇りなき眼」で見つめながら言い放った。

 

「それだけこの三和が好きなんだ。三和は僕のもう一人の家族なんだ」

 

そしてまた長崎君にすがりつく。

「だがらづぶざないで!! づぶざないで!!!」

 

「ちょ、ちょっと! 本当にキモイですよ!! やめてください!!」

 

「店長を呼んできます」といって長崎君は消えていった。

 

そうだ。下っ端の人間に話してもしょうがない。

所詮あいつらは下の下の人間。店長に直接交渉しよう。

 

 

でも、それでもダメだったら……?

 

僕の中の弱気な心が顔を出す。僕は慌てて首を振った。

 

僕が守らなければ、三和は死んでしまうんだ。僕が三和を守るんだ!! 

 

「ダメだったら、店長を殺すしかない……!!」

 

僕は食品コーナーでウィンナーを手に取り、ヌンチャクのようにつなげた。

 

意識をしっかり保つために、ウィンナーを持つ両手を前に突き出してあらためて大声を出す。

 

「これで店長を殺す!!」(←完全に頭がおかしい)

 

周りにいた客が一斉にこっちを振り向く。

 

次の瞬間、一斉に歓声が沸きあがった。

 

メガネをかけた小太りの男性が叫ぶ。

 

「そうだ! 三和を潰すなんて間違っている!!」

 

スーツ姿のサラリーマンもそれに続く。

 

「俺達の三和を守れ!!」

 

長い年月の末に、客の間に産まれていた連帯感。

そうだ。みんな三和が大好きなんだ。毎日買い物に来る主婦も。仕事帰りにふらっと立ち寄るサラリーマンも。

万引きを繰り返す老人達も。

 

僕の中にふつふつと力が沸きあがってくる。

 

もう迷いはない。僕は、僕達は三和を守る!!

 

店の奥のドアが開き、エプロン姿の店長が顔を出した。

 

「お客様、どうなさいましたか?」

 

僕は店長を笑顔で見つめた。店長は僕の手に巻きついたウィンナーに気づき、指をさして訪ねてくる。

 

「お客様、その商品はきちんとレジを通されましたか?」

 

「うるさい!!」

 

僕は店長に向かって勢いよくウィンナーを振り下ろし、側頭部を強く殴った。

店長の顔が血で染まる。

 

しかし店長はそれをちっとも気に留めず、平然としたまま再び僕に問いかけてくる。

「お客様、その商品はきちんとレジを通されましたか?」

 

「うるさいんだよ!!」

 

再び店長の頭を殴る。しかし、店長は狂ったように「レジを通されましたか?」と連呼しながら僕に近づいてくる。

僕は恐れを知らない機械の様な店長の顔が怖くて、ただひたすらウィンナーで殴り続けた。

 

「クソ! クソ! あっちへ行け! この店は僕がもらうんだ!」

 

店長は僕の腕を掴み、ゆっくりとウィンナーを奪い取った。

 

「なるほど。アルトバイエルンですか。これは痛いはずだ」

 

ふっと優しい笑みを向けながら、店長は僕の目を見つめる。ウィンナーを地面に投げ捨てるそのたくましい両腕が僕の肩を掴んだ。

 

「三和を知り尽くしているからこその武器のチョイスですね。とてもセンスがいい」

 

キョトンとする僕の顔を店長は暖かい眼差しで見つめる。

 

「今までウチの店を愛してくれてありがとうございました」

 

店長の言葉を聞いた瞬間。僕の目からは大粒の涙があふれ出た。

僕は泣きながら店長に抱きつき、そのまま大声で叫んだ。

 

「うわああああああん。ゴメン! ゴメンよ店長!! 今までありがとう!!」

 

「いいんですよ。今日はフルーチェが安いですよ。是非買っていってくださいね」

 

「うん。買う。絶対に買うよ。フルーチェ大好き。この店も大好きだ!」

 

「ありがとう。私もこの店が大好きです」

 

店長は僕の荒んだ心を綺麗に澄ましてくれた。

そう。家族は三和だけじゃない。僕にとって地球上にいる皆が家族なんだ。

だからね。僕はもう大丈夫だよ。三和の事は決して忘れないけど、うじうじと引きずったりしないから。

 

ちゃんと見ててくれよ。三和。そして店長。

 

 

 

2日後、

潰れた三和の跡地を見ながらウィンナーを頬張る。

もちろんアルトバイエルンだ。

 

空は晴れていて、絵に描いたような平和な日常。

僕はベンチに腰を下ろした。

 

「三和、今までありがとう……」

小さく呟くと、目の前に缶コーヒーが差し出された。

「いるかい?」

 

「はあ。いただきます」

僕は潰れた三和を見つめたまま、興味無さそうに受け取り、軽く頭を下げた。

「ここのスーパー、潰れたね」

どこかで聞き覚えのある声。僕は「はあ、そうですね」と気のない返事を返した。

 

「次に何が建つか知ってる?」

 

「さあ」

 

「またスーパーだってさ。頭おかしいね。なんで潰れた所にまたスーパーを建てるんだろうね」

 

「そうですね」

 

不意に、風が吹いた。

右手に持っていたウィンナーが宙に舞う。

その方角を見ると、見覚えのある優しい笑顔がそこにはあった。

 

「て、店長……」

 

「はい。頭のおかしい店長です。これからもよろしくお願いしますね」

 

太陽に照らされた彼の顔は、まるでフルーチェのように眩しかった。