8月16日(おひさ)

 

参議院選挙か……。

 

正直、投票所に向かうのは気が重かった。だって僕一人が投票したところで日本が変わるわけじゃないから……。

 

「日本は変わらないよ。だって日本人はずるい人ばっかりだし、なんだかこそこそしていて気味が悪い奴らばっかりだ。日本はすでに終わってる。救いようがないよ」

 

僕は親友の牧村君の言葉を思い出していた。そうだよな。ずるい奴らばっかりだ。

 

なんでだろう。それでも僕は日本が好きだ。日本人に生まれてよかったと思っている。その思いにウソはない。

 

そうだよ。僕達は日本を愛しているんだ。

 

だったら……、だったら外国人を議員にして日本を変えてもらおう!! カルロス・ゴーンみたいな新しい風を吹き込んで日本をいい国にしてもらおう!!

 

僕はひらめくと同時に会場まで走っていた。息を切らしながら必死に前へ、前へと進む。

 

そして投票所につき、僕は投票用紙を受け取った。

 

 

 

頼むぞ。日本を変えてくれ。

 

 

僕は心の中で何度も唱えながら、投票用紙に力強く書きなぐった。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと、何を書いてるんですか!?」

 

覗き見していた青年が慌てて声をかけてくる。僕は平然とした顔のまま答えた。

 

「え? ドルゴルスレン・ダグワドルジですけど?」

 

「あんたバカか!? 朝青龍は出馬してませんよ!!」

 

「はい。知ってます」

 

「知ってるならなんでそんな無駄な事をするんですか!!」

 

「日本を変えてもらうためです。っていうか人の用紙を見るのはマナー違反ですよ?」

 

「あ、すみません」

 

青年は素直に謝ってきた。まあ、冷静に考えると用紙にドルゴルスレンとか書く奴の方がよっぽどマナー違反だと思うが……。

 

「お詫びに僕の用紙も見てください」

 

青年は一枚の紙を差し出してきた。僕はその紙を覗き込む。

 

 

僕はその青年の顔を覗き込んでみた。そうだ、この顔は……。

 

「……ひょっとして、牧原君……?」

 

「久しぶりだね……。ラビハチ」

 

牧原君だ。ていうか神聖な選挙用紙にこんなナメた事を書くのは牧原君しかいない。

 

「よく考えたらバカなことを書いてるのはお互い様だったね」

 

そう言って牧原君は笑った。その笑顔はこの世のものとは思えないほど気持ちが悪くて、僕は一気に冷めた。

 

 

オマエトイッショニスルナ。

 

 

僕は牧原君のみぞおちを棒で思いっきり突き、倒れこむ牧原君の顔をそのままコンクリートに叩きつけた。

 

「うあ……」

 

あまりの激痛に声が出せなくなってる牧原君を踏みつけ、僕は小さく呟く。

 

「何がジャイアント・シウバだよ。オメエ馬鹿じゃねえのか?」

 

「お前だって……、ドルゴルスレンって書いてたじゃねえか……」

 

「ジャイアント・シウバっていうのはそもそも本名じゃねえよ。あいつがデカいからついた名前だろーが!!」

 

「……!!」

 

僕は牧原君の用紙を奪い取り、高く掲げた。

 

「みんな〜、こいつ選挙用紙にジャイアント・シウバとか書いてるぞ。マジウケねえ!?」

 

投票所に笑い声が響く。

 

「お、おまえだって、ドルゴル……」

 

牧原君が余計な事を喋ろうとしたので、僕は彼の顔を踏みつけて黙らせた。

 

「お前みたいな奴は選挙に出る資格がねえ!! 帰れ!! 今すぐ帰れ」

 

 

 

 

牧原君はよろけながら会場を出て行った。

 

 

それから数日後……。

 

 

 

 

 

朝青龍が仕事をさぼってハワイでサッカーをしていた。

 

あの時の衝撃は忘れる事ができない。

 

悪いのは僕じゃない。本当に悪いのは朝青龍さえも狂わせる今の日本のシステムだ。

 

「ドルゴルスレン・ダグワドルジ……」

 

テレビを見ながら力なく呟いた僕の声は弟の耳に届いたらしく、後ろから「気持ち悪っ……」という声が聞こえた。

 


8月18日(あとはお若い二人で)

 

僕がリビングで寝転がっていると、父親がやってきて、僕にこう言った。

 

「なあ、お見合いしてみんか?」

 

「え?」

 

「お前にいい縁談があるんじゃけど……」

 

縁談。嫌な響きだ。結婚が人生の墓場だとするのなら、お見合いはリストカットに相当する。

 

「イヤだ! 絶対にイヤだ!!」

 

僕が飛んでもない速度で首を振って嫌がると、父は半笑いでこう言った。

 

「ダメデース。もうお見合いの約束取り付けちゃいマシタ〜。ユーは行かなければいけまっセーン」

 

その言い方がなんだか外人とオカマを掛け合わせたような喋り方で軽くイラっとしたが、約束してしまったのならしょうがない。

 

「しょうがないなあ。いつ?」

 

「今日」

 

今日か……。なめるんじゃねえよ。早めに言っておけよ。腹立つよ本当に。

 

父の運転する車に乗り込み、高級な料亭に向かう。

 

「で、どんな人なの?」

 

「取引先の社長の娘じゃ。写真を見て、かなりお前の事を気に入ってるらしい」

 

「……可愛い?」

 

「詳しい事は分からんけど、とりあえずロシア人じゃな」

 

ロシア人か……。本当になめるんじゃねえよ。まず言語が理解できねえよ。ていうか、これから見合いする相手の情報がロシア人だけってどういうことだよ。

 

「……結婚するなら日本人がいいんだけど」

 

「いや、ロシア人はええぞ。彫りが深くてな」

 

「ロシアとか寒いんでしょ? 住みたくないし」

 

「そうじゃな。寒いけ」

 

寒いけ。じゃねえよ!! なんとかしてくれよ!!! 事故ってくれ! 今すぐ事故ってくれ!!

 

「着いたぞ」

 

僕の願いはむなしく、料亭にあっさりと到着。

 

料亭の予約した部屋に入ると、エメリアエンコ・ヒョードルのような女の子が礼儀正しく座って待っていた。

 

「ら、ラビハチさん?」

 

「え? 日本語?」

 

以外だった。まさか人語を喋れるなんて……。

 

「お、おおおおお、お、お覚えたんです。ラビハチさんのく、く、くく、国の言葉だからてって」

 

気持ちわりいよ。なんだよその喋り方。ふざけるんじゃねえよ。

 

「じゃあ、後は若い二人に任せるよ」

 

そう言って父は出て行ってしまった。鳴り響くクラウンのマフラー音。帰りやがったよ。マジで信じられねえ。

 

カコーンと、ししおどしの音が響く。ベタだ。ベタついでに一つ質問をしてみよう。

 

「あの、ご趣味はなんですか?」

 

「しゅ、しゅしゅしゅしゅしゅしゅみですか?」

 

 

だから気持ち悪りいよ。「しゅしゅしゅしゅしゅ」じゃねえよ。

 

 

「しゅっしゅ趣味はあああああああああアマレスです」

 

 

「ああああああああああアマレスですか。いいですね。練習中に不幸な事故で死んでくれませんかね?」

 

「え?」

 

やばい。つい本音が出てしまった。なんとかごまかさなくちゃ。

 

「死で思い出したんですけど、あなたの名前まだ聞いていませんでしたね? 聞かせてもらってよろしいですか?」

 

ごまかせてないな。でもあんまり気にしてないみたいだし、まあいいや。

 

「あ、はい。ヴィクトーリヤと申します」

 

「ヴィクトーリヤ? 美しい名前だ」

 

「あ、アーリガートー」

 

「ドーイタシマーシテー」(←ヤケクソ)

 

ヴィクトーリヤが正座したまま、腕の力だけで浮いてこっちに近づいてくる。やばい。早いところ切り上げて帰ろう。

 

「ラビハチさん。そういえば、あああ、あなたの趣味は?」

 

「あ〜、今、一番ハマっているのはうんこ投げですね。後は立ちションとか好きだなあ」

 

嫌われよう。下ネタをバンバン言って嫌われよう。

 

「おお、おお男らしいですね。そういう人好きで〜す」

 

「そうですか……。そういう人が好きなんですか」

 

ダメだ。コイツは狂ってる。作戦変更だ。

 

「すみません。動物園とか好きですか?」

 

「動物? すす、好きです」

 

「近くにあるんですけどちょっと行ってみませんか?」

 

「モモ、もちろん! デートですね?」

 

「あ〜はい。そうです」

 

 

デートと聞いて、目を輝かせるヴィクトーリヤがなんだか一瞬可愛く見えてしまった。

 

 

動物園に着くと、ヴィクトーリヤは僕の手を引っ張り、僕はされるがままにあちこち連れまわされた。

 

「ふう。疲れた」

 

僕がベンチに座って一息ついていると、ヴィクトーリヤがジュースを二つ持って隣に座った。

 

「らら、ラビハチさん。どどどどどどうぞ」

 

「え!? ありがとう。お金払うよ」

 

「いえ。いいいいいいんです。私のとりえは、お金しかないから」

 

そう言ってヴィクトーリヤは俯いた。なんだか可哀相だな。

 

でも、このまま話を聞いていたら情が湧いてしまいそうだ。早いところあきらめてもらわなきゃ。

 

僕は目の前のゴリラの檻を指差した。

 

「僕、実は昔から決めてた事があるんだ」

 

「え? な、なんですか?」

 

「このゴリラ、僕とまったく同じ日に生まれてるんだよ。小さい頃からずっと考えてたんだ。このゴリラと真っ向勝負できる女の子を嫁にしようって」

 

「そ、……そうなんですか……」

 

ヴィクトーリヤは僕の言葉を聞くと同時に檻の中に入っていった。僕は慌てて引き止める。

 

「な、何してるんだ!! あぶないよ!! ヴィクトーリヤ」

 

「平気です。ら、ラビハチさんと結婚するためですもの」

 

「そんな、そんな……」

 

「心配しないで。私、勝ちます」

 

そう言ってヴィクトーリヤは檻の中に入った。

 

 

 

 

 

 

僕はボーっとヴィクトーリヤの事を考えていた。

 

あんなに躊躇なく入っていくなんて……。僕にはそんな大した価値はないよ。君の方が……。

 

 

君の方がずっと素敵だ。ヴィクトーリヤ。

 

「ピロシキ、好きになれるかな……」

 

僕は心を決めた。ヴィクトーリヤと結婚しよう。

 

だって、

 

こんなに人から愛された事は今までにない。

 

 

 

「好きだよ。ヴィクトーリヤ」

 

そう呟いて僕は檻を見た。

 

すると、ヴィクトーリヤは普通にゴリラに殺されていた。

 

「あ……、あ……」

 

 

 

 

ヴィクトーリヤは僕のほうを見ながら満足そうな顔をして死んでいた。

 

なんだかその顔が怖くて、僕は走って逃げていた。

 

 

 

お見合いは最高だった。

 

 

最低なのは……僕だ。

 


8月21日(夏は夜)

 

「人間って何で死んじゃうの?」

 

幼稚園のボランティアに行った僕を待っていたのは、美由紀ちゃんという園児の無邪気で残酷な質問だった。

 

僕はその質問にどう答えればいいのか分からなかった。美由紀ちゃんの輝いた目は薄汚れた僕には眩しすぎたから……。

 

「ねえ。どうして? ラビハチさん」

 

まともに答えるのが怖くて、いつものように適当な返事を返してしまった。

 

「え? 人間って死ぬの? 知らなかった……」

 

美由紀ちゃんもこれにはびっくりしたらしく、大きな目を更に開いて僕を見つめてくる。

 

「知らなかったの〜? ラビハチさんってマジでバカだね〜♪」

 

「うっせえよ!! お前マジで殺すぞ!!」 (←マジギレ)

 

「え!?」

 

「あ……いや、ゴメン」

 

おとなげない僕の返しのせいで、場の空気が悪くなってしまった。しょうがない。真剣に考えてみるか……。

 

「じゃあ美由紀ちゃんに一つ質問。人間が永遠に生きられるとして、それって本当に幸せな事だと思う?」

 

美由紀ちゃんは僕の質問を聞き、う〜んとうなっている。子供は本当に可愛いなあ。

 

「なんでそんな事聞くのか分からないよ。永遠に生きられたら、みんなずっと幸せでしょ?」

 

「う〜ん、じゃあ美由紀ちゃん、アニメは好き?」

 

「好きだよ。トトロ好き」

 

「トトロが永遠に終わらない物語だったらどう?」

 

「嬉しい!!」

 

「うん。飽きるよね。人生もそれと同じ」

 

「同じ?」

 

「そう、永遠に終わらない物語って、最終的にはみんな飽きちゃうんだよ。だからね。生まれ変わるんだ」

 

「やっぱりそうなんだ。生まれ変わるって、お母さんも言ってた」

 

「ああ、あのブスか。あいつも同じ事言ってた? じゃあ今のナシ」

 

「お母さんはブスじゃないもん!!」

 

「うっせえよ!! 黙って聞け!! マジで生まれ変わらせんぞ!!」

 

「……」

 

「美由紀ちゃんは天使って見たことある?」

 

「あるよ。絵本に出てた。『羽が生えた天使』って本」

 

「ああ、あのブックオフで百円で売ってるやつね。人間って死んだら天使になるんだよ。それで、みんなの事を見守ってくれてるんだ」

 

「……おばあちゃんと同じこと言ってる」

 

「そうそう、そういえばこんなくだらねえ事言ってたよなあ。あのウンコ漏らし」

 

「おばあちゃんはウンコなんか漏らさないもん!!」

 

「うっせえんだよ!! クソガキが!!! 黙って聞いてろ」

 

「……」

 

「美由紀ちゃんは遊戯王って知ってる?」

 

「……」

 

 

「答えろや!!!!」

 

「……うん。知ってる」

 

「あれってモンスターを召喚する時に生贄を差し出すでしょ?」

 

「うん」

 

「つまりそういうこと」

 

「……え?」

 

「お前んちのきったないババアを生贄に捧げ、ボディビルダーを召喚!! みたいな。ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「おばあちゃんは汚くないもん!!」

 

「うるせえんだよ。お前も老人になったら『死にたい』って思うようになるわ!! フハハハハハハハハ!!」

 

「チッ。ラビハチマジでムカツク」

 

 

色々考えた結果、こんな最低な答えになってしまった。でも、これでいいんだ。人間が何故死んでしまうのか、

その答えは自分で見つけなければダメだよ。美由紀ちゃん。

 

そして、みんなもね。

 

 


8月27日(夏といえば)

 

夜、何気なく外でタバコを吸っていると、草むらに女の子の影が見えた。

 

暗くて顔はよく見えないが、腰まで伸びた長い髪と細い体で女の子だと分かった。

 

女の子は草むらで四つんばいになり、「ない……、ない……」と呟いている。

 

どうもその女の子が気になった僕は思い切って声をかけてみることにした。

 

「あの〜、どうかしましたか?」

 

僕は遠くから聞いてみた。女の子はこっちを振り向かずに一言、こう言った。

 

「あたしの探し物……、どこにもないの……」

 

その女の子の声はとても悲しそうだった。多分大事なものをなくしてしまったんだろう。

 

「ないよ……。どこにもない……」

 

「あの、よかったら、一緒に探してあげましょうか?」

 

僕がそういうと、女の子は立ち上がってこっちを見た。その女の子は大人びた顔のわりに背がかなり低かった。

 

女の子が僕の方を向きながら、ゆっくりとこっちに歩いてくる。そのたびに、グチャ、グチャっと変な音がする。顔は夜の闇のせいでよく見えない。

 

「ないよぉ。……ないよぉ」

 

その女の子の異変に気づいた時はもうすでに遅かった。

 

「あたしの足が、ないよお!!」

 

女の子が突然叫び、こっちに向かって走り出した。女の子はヒザから下が無残になくなっていて、。足を動かすたびにグチャッ、グチャッという音が響く。

 

しまった! こいつは幽霊だ!!

 

僕はあっけに取られたまま動けずにいた。女の子はどんどんこっちに近づいてくる。

 

「ちょうだぁい!! あなたの足をあたしにちょうだぁい!!」

 

このままでは足が取られてしまう。でも、竦んでしまった僕の足はまったく動く気配がない。

 

 

もう、ダメだ。

 

 

そう思った次の瞬間、僕の顔を見た女の子が足を止め、小さく舌打ちをした。

 

 

「紛らわしい真似しないでよ」

 

「え?」

 

僕は状況がよく飲み込めなかった。女の子は僕の胸をつつきながら大声でがなり散らしてきた。

 

「私はね、ちゃんと神奈川幽霊協会に許可をもらってここを縄張りにしてるの!! 無許可で勝手に入ってこないでよ。アンデッド!!」

 

ア、アンデッド!? 僕が……アンデッド!?

 

確かに最近食事は一日一食だし、体重は野茂投手のフォークボールのようにストンと落ちている。

だけど、アンデッド呼ばわりされたのは初めてだった。

 

「10分以内に出て行ってよね」と言いながら、女の子は草むらに戻っていった。

 

 

家に帰った僕は、真っ先に鏡の前に立ち、やせこけた頬を指でなぞってみた。指に頭骸骨の感触が広がる。

 

「はは、アンデッドか……」

 

なんだか笑えてきた。僕は鏡の前で大声を出した。

 

「いいじゃん! アンデッド上等だよ。俺アンデッド大好きだし、最近アンデッドになろうと思ってたし、ちょうどいいよ。そろそろ就職だし、俺アンデッドにな〜ろうっと! やべえ! 就職決まった! 超嬉しいんだけど!! 早速親に報告しよーーっと。『俺アンデッドになるわ!!』つってね。あはははははははは!!」

 

 

あはははっはあっはははははははあ、はあ、う〜、ああああああああ!! ああああああああああああああああ!!

 

 

ヴーーーーーーーーーーーーニーーーーーーーーーーー!! 


8月29日(人はそれをブサイクと呼ぶ)

 

小学生の時、僕は今村君というクラスメイトと仲が良かった。

 

ただ、彼はなんか、ちょっとだけ人とは違う顔をしていた。

 

まあなんていうのかな。神様が粘土をこねて人間を作り出すのだとしたら、神様は今村君を作る時にベロベロに酔っ払った状態でだったに違いない。

 

 

彼は自分の顔にものすごいコンプレックスを持っていて、いつもネガティブな思考回路だけを働かせていた。

 

「僕、生まれ変わりたい」とか「僕、整形したい」が口癖で、彼はいつも死にたがっていた。

 

僕はなんとか彼に自信をつけさせてあげたかった。

 

 

ある日、僕と今村君が一緒に帰っていると、電柱に貼られた興味深いポスターを見つけた。

 

「町内を明るくしよう。変顔選手権!!」

 

イベントが行われる日付は今日だった。僕は今村君を誘ってみることにした。

 

「ほら、変顔選手権だって、面白そうだね」

 

「そうかな……」

 

今村君はいまいちノリ気じゃない。ていうか、すでに参加している。ていうか彼にとっては毎日が変顔選手権だ。

 

「ねえ、ちょっと行ってみようよ」

 

「……いや、僕はいいよ」

 

今村君は頑なに拒んだ。

 

だけど、僕はどうしても彼を連れて行ってあげたかった。世の中にはいろんな変顔があるということを彼に教えてあげたかった。

 

「行こう!!」

 

僕は今村君の手を取り、一緒に走り出した。

 

 

変顔選手権の会場は近所の公園だった。

 

僕はポップコーンを買い、今村君と一緒に最前列に座った。

 

「どんな変顔がくるんだろうね。楽しみだな〜」

 

「……楽しくないよ」

 

今村君は悲しそうな顔をして俯いた。僕は今村君の顔を強引に持ち上げる。

 

「ほら、ステージを見て」

 

早速、ステージに一人目の出場者が現れた。ちょっとギャル系だが、かなり可愛い女の子だった。

 

「それでは早速、変顔をしていただきましょう。どうぞ!!」

 

司会者がそういうと女の子の顔が醜く歪んだ。会場に笑い声が響く。

 

今村君は戸惑った表情を浮かべていた。

 

「面白いね。今村君」

 

「……え? う、……うん」

 

次々と出てくる出場者達、そして、次々と繰り出される変顔。

 

最初は戸惑っていた今村君も、すっかり笑顔になって楽しみだした。

 

「ね? 来てよかったでしょ?」

 

「うん。変顔って面白いね」

 

「どんなに可愛い子でも、変顔をしたらブサイクになる。顔なんてさ、所詮そんなもんだよ」

 

今村君は少し驚いた顔で僕を見る。僕は更に続けた。

 

「だから君はそんなに自分の顔にコンプレックスを感じる必要はないんだ」

 

「ラビハチ……」

 

「それを伝えようと思って君を連れてきたんだ。ほら、ブサイクばっかりでしょ?」

 

「まあ、そうだね。僕の方がブサイクだけどね」

 

今村君は再び俯いた。

 

僕は今村君の手を掴み、強引にステージに連れて行った。

 

「すみませ〜ん。飛び入り参加ってありですか〜?」

 

「はいはい。もちろんオッケーですよ?」

 

「ら、ラビハチ?」

 

僕は今村君を出場させることにした。今村君よりも変な顔ができる人は世の中にたくさんいると教えてあげたかったからだ。

 

恥ずかしがり屋の今村君は当然こんなステージに一人で立った経験などない。

 

彼はモジモジしながら普通の顔のままステージに立っている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし優勝したのは今村君だった。

 

顔をノーマルのまま一切変えずに、普通に立っているだけの今村君だった。

 

僕は動揺を隠し切れなかった。まさかこんな結果になるなんて……。

 

「……ごめんね。今村君」

 

今村君は爽やかな顔をしながら僕を見つめていた。

 

「うん。別にいいよ。僕、どうせ明日死ぬから」

 


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